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日本新聞2017年7月26日、4220号より
  
国と東電は原発被害者・自治体に補償を
避難解除は原発事故の終結ではない。学校再開、介護、医療、仕事など原発被害自治体は課題が山積。原発は廃止、実効のある支援を
  
 7月16日〜17日、「第5回 福島を忘れない!全国シンポジウム・現地見学」が同実行委員会の主催で行われた。初日、シンポジウムが福島グリーンパレスで、二日目は現地見学を行い、緑フォーラムからも参加した。
 2011年3月11日の東日本大震災で東京電力福島第一原発事故が発生して7年目。原発被害地域の住民は今、どんな問題を抱えているのか、現地の生の声を聞いた。
  
避難解除後の川俣町の現状
 避難解除後の現状について菅野清一川俣町議会議員から報告があった。
 今回の原発事故で特に問題なのが、3号機のプルサーマル運転の事故。プルサーマル用のMOX燃料はウラン燃料より放射線量が330倍、発熱量が3万3000倍、爆発力は250万倍もあり、使用済み燃料棒の崩壊熱が下がるまでには550年かかるという。
 原発事故後すぐには避難指示がでず、4月16日になって、政府関係者が来て避難の説明、計画的避難が始まった。「なぜ今頃避難なのか」と住民は問い詰めた。福島県内38万人の子ども達を調査した結果、現在すでに191人の甲状腺がん・疑いが発表されたが、すぐに避難しなかったことが大きな原因と見ている、と語った。
 2011年8月30日、放射性物質汚染対処特措法が公布され、川俣町も生活圏除染が除染が始まった。1日850人の作業員が約3年間。川俣町内だけで450億円。除染廃棄物22万袋が出た。
 避難区域の山木屋地区の除染は表土5cmはぎとり、砂を入れたため、すぐに畑には戻らない。除染廃棄物62万袋でたが、84%が農地に仮置き。これが除染という名の実態。土地の除染には1日2500人の作業員が入った。除染は大成、鉄建、西武など大手ゼネコンが請負。造っては儲け、壊しては儲けている実情に憤りを持って訴えた。19市町村で推定24基、実施稼働日数わずか2ヶ月〜4年の仮設焼却炉が今、建設ラッシュだという。1基7億円〜600億円超のものまで莫大な復興予算が建設大手に流れている。
 「国は加害者、我々は被害者」と菅野さんは語る。山木地区にホットスポットが2000ヵ所以上。まだまだ先の見えない実情を訴えた。
  
葛尾村の現状
 避難解除後の葛尾村の現状について、松本静男葛尾村議会議員が報告した。
 「現在、葛尾村は1460名461戸で、この間105名が亡くなったり、転出している状況。学校再開の問題を先延ばし、インフラ整備や除染の結果等を待たず解除受け入れをしたため、多くの住民の思いとかい離した行政判断をしてしまったと思っている。帰還の意向アンケートで20代〜30代の若い世代が『戻らない』と決めている割合が多く、解除受け入れは時期尚早だった」と松本さんは語った。
 葛尾村の介護保険料は全国で5番目に高い。単純に算出すると1万円を超えるため、調整して7500円まで下げた結果、保険料必要額に対して収入が少なくなっている。
 介護保険料の問題は将来の行政運営にとって、まったなしの状態。自治体が自らの財政の中から、保険料を補てんする、あるいは保険者は高い保険料を払わなければならないという状況。そうすると他の自治体に移った方がいい、ということになる。
 震災前、2社工場が開業していたが、新天地で再開したことから葛尾村には戻らない。
 今年4月現在、葛尾村に戻ったのは125人、新たに転入した者31人で156人と少ない。学校運営についても課題が多い。葛尾村は修繕費としてもらった資金で小中学校別々に直した。一旦直してしまったものを小中一貫校に変えるのは非常に課題が多い。
 「今後、合併という道筋になっていくのではないか。弱小自治体ゆえ交付税に頼ることが大きい。医療の問題など自治体が自らの自助努力で生きるという選択肢は非常に難しい状態」と語った。
  
飯舘村の現状
 飯舘村の現状について渡邊計(はかる)飯舘村議会議員から報告された。冒頭、渡邊さんは「国は我々を忘れ去ろうとしている。オリンピックの名にかえて。しかし、この原発事故がはっきりしてくるのは20年後、30年後だ」と語った。現在、村民居住者は359名。この他、支援職員などが含まれ437名が居住しているという。高齢者世帯だけで若い世代は帰っていない。避難者合計は5552人。
 避難解除は3年待ってくれ、と言ったが、今解除しなければ補助金が少なくなるということで解除となった。小中一貫校の建て替えに40億円。村は小中だけでなく、0歳児から幼稚園も含め一貫した事業をやっていきたい、としている。幼稚園、小学校、中学校合わせて640名いるべきところ、震災後は139名しかいない。
 村内に除染除去土壌の仮置き場が96か所、233万550袋ある。約60万袋が燃えるゴミで、蕨平にある焼却炉へ、残り約173万袋の運搬は早くて10年かかるという。
 村が独自に測定した20行政区の放射線測定値は1cmのところより1mの方が高い。なぜかというと飯舘は75%が山林。山林を除染していないため、そこからの放射線が高い。今中哲二先生の計算によると、現在0.5μSv/hの場所が、年間1ミリシーベルトになるまで下がるには2040年頃になる。(0.2μSv/hで年間1ミリシーベルト)。アンケートの中でも放射線の下がるめどを知りたい、と言う声が多いという。
 「除染は確かに正しいと思うが、問題は山。村に帰ったとき、水稲は作ってはいけない、野菜を作る時は何を作るか村に届けなくてはならない、作った野菜は売ってはいけない、人にあげてはいけない、自分で食べるのは自己責任で、という状態で帰還させるのが信じられない。もう少し(解除を)慎重に考えるべきだったのではないか」と、渡邊さんは避難解除を急いだ行政判断に疑問を呈した。
  
原発は廃炉に
 「チェルノブイリと福島」と題して、NPO法人OurPlanetTV代表理事の白石草(しらいしはじめ)さんの講演があった。2013年からチェルノブイリに3回取材に行き、未だに子ども達に健康被害が起きている実情を取材。チェルノブイリの教訓を、福島にどう生かすべきかを訴えた。
 また、福島原発事故津島被害者原告団長・浪江町の今野秀則さん、福島原発被害弁護団の広田次男さんからも訴えがあった。避難解除後の自治体は今後ますます大きな課題に直面することとなる。
 現地見学では、積み上げられたフレコンバッグのすぐ隣に、苺栽培のビニールハウスがあったのが悲しく目に映った。栽培には放射能汚染のない土を使用しているが、「売れない」と農業者の方は嘆いているという。大熊町にさしかかったあたりで、一斉にけたたましく鳴り出したガイガーカウンター。原発被害者と福島の自然が悲鳴をあげているかのように。  (山下)
  
  
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