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日本新聞2021年9月15日、4433号より
  
経産省テントひろばの原発反対の灯は消せない
経産省テント広場設置から丸10年。テントは撤去されたが今も毎日続けられている原発反対の座り込み。「儲けより命」の主張広がる
  
 東電福島原発事故から半年後の2011年9月11日、経産省前に脱原発のテントが設置された。福島から避難して途方に暮れていた人たちや、原発再稼働に抗議する人たちの心の拠り所となった。
 テントは撤去されたが、テントひろばの人たちは毎日交代で経産省前で抗議の座り込みを続けている。本当に頭の下がる闘いである。
 テント広場開設から丸10年の9月11日、「丸10年『脱原発テントひろば』大集会〜フクシマは終ってない、今の福島を伝える〜」集会が開催された。
  
原発反対の団結を築き上げよう
 「今の福島を伝える」で黒田節子さんと武藤類子さんの訴えがあった。被害を受けた当事者の訴えは心に響く。
 黒田さんは「10年は長い。テント広場での毎日の闘いは本当にありがたい。福島の女たち100人でテント広場に座り込んだこともある。以前、私が書いたものにこんなのがあった。“廃炉は突然向こうからやってきた”。自分の甘さ加減に腹立ちを覚えた。10年経って、何も変わってないどころか、さまざまな問題が起きてきた。みなさん、福島の問題を命の問題と捉えなおしましょう!」と熱烈に呼びかけた。
 武藤さんは、原発サイト内の事故や問題点、避難者へのひどい扱い、汚染水の問題、汚染土を農地に再利用の問題、甲状腺がんなどの健康被害、政府、県、東電の責任追及など、福島の現状について語った。「11月2日には東電刑事裁判の控訴審が始まる。引き続き応援してほしい。テントの10年に心から感謝する」と話された。
 ルポライターの鎌田慧さんは「今、福島第一原発には1000基、120トンの汚染水がある。それを海洋投棄しようとしている。生活破壊の原発はいらない。六ヶ所再処理工場は1984年に発表されたが、まだ完成していない。動くことはないと私は思う。原発のない社会、人間が豊かに生きていける社会にしていかなければならない」と訴えた。
 作家の落合恵子さんは「このテント広場を最初に立ち上げた渕上太郎さんはもういない。9月1日、経済評論家の内橋克人さんが亡くなった。経済と言うのは一人一人の市民が十分に自分を生きるためのベースだ、人権から見ていくものだと教えてくれた。9.11の同時多発テロ後に、アフガニスタン攻撃にアメリカの上院では全員賛成、下院でバーバラ・リー議員がたった一人反対した。日本は法治国家ではなく放置国家だ。変えなきゃならない!」と憤りを込めて訴えた。
 河合弘之弁護士は「私はとにかく原発を止める勢力とは手を組む。そうでないと脱原発は実現できない」と訴えた。
 タンポポ舎の山崎久隆さんは「海洋放出の際に放射線量は1リットル当たり1500ベクレル以下でなければならない。海に流す配管は汚染水をそのまま海に流してしまう。東電がサンプリング調査する行程はない。海水に混ぜた後、1500ベクレル以下かどうか確認もせずに放出する。決まりを無視している」と指摘した。
 テントひろばで交代で座り込みを続けている人たちが紹介された。毎日毎日座り込んで原発反対を訴えている人たちは、明るく力強かったのが印象的だった。
 鹿児島からかけつけた江田さんは、テント広場を作った一人である。「最初の5年間はテントがあった。今テントはないが、テントがあることを証明した。テントは運動だ」と話された。
 テントひろば丸10年を振り返り、これから更に闘いを続けようという連帯の思いが強まった。儲け、金が第一の今の社会から、命が第一の社会に転換するには、私たち一人一人が声をあげることである。 (沢)
  
    
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